生まれたばかりの赤ちゃんに、先天性の病気がないかを調べる「マススクリーニング」と呼ばれる検査があります。
ほぼすべての赤ちゃんが検査を受けていますが、この度、国は新たに2つの難病を検査対象に加えることを目指して、検証を進めていく方針を打ち出しました。
拡大が急がれるマススクリーニングと、その課題について、牛田正史解説委員がお伝えします。
新生児マススクリーニングとは
マススクリーニングは、訳すと集団検査という意味です。
生後数日のうちに、生まれた病院で、足のかかとから血液を採取し、先天性、つまり生まれつきの病気や異常が無いかを調べます。
原則すべての赤ちゃんを対象に行われ、国が定める病気の検査は無料(採血費用は除く)で受けられます。
国はこれまで、20の病気を検査の対象としてきました。
代謝の働きに異常があるなど、放置すると重大な障害を引き起こす病気ばかりです。
これに加えて、国は11月、2つの病気を新たな対象に含めることを目指し、検証を進めていく方針を打ち出しました。
その2つが「SMA=脊髄性筋萎縮症」と「SCID=重症複合免疫不全症」です。
このうちSMA(エスエムエー)は、筋肉が萎縮し、徐々に筋力が低下する病気です。
歩行や食べ物を飲み込むことが困難になり、人工呼吸器が必要になる患者も多くいます。
もう1つのSCID(スキッド)は、生まれつきの免疫の異常で、病気に対する抵抗力が低く、感染症をくり返します。
早期に治療しないと生後1年ほどで亡くなる場合もあります。
いずれも命に関わる難病で、SMAは約2万人に1人、SCIDは約5万人に1人の割合で発症します。
早期発見できるかが命を左右する
この2つの難病は、検査による早期発見が極めて重要です。
SMAは、最近になって新しい治療薬が開発されまして、早期に治療することで、症状を予防したり、軽減したりできる可能性があります。
またSCIDも、重い感染症にかかる前に、臍帯血、つまり臍の緒の血液などを移植すれば、免疫機能を回復させ、命を救うことが可能です。
ここで愛知県での事例をご紹介します。
愛知県では、全国に先駆けてSCIDの検査を独自に行っています。
2年前、この検査を受けた男の子がSCIDであることが分かりました。
名古屋大学病院で臍帯血の移植が行われ、男の子は免疫機能が回復し、3か月後には退院できました。現在は2歳になり、元気に生活しています。
またSMAでも東京都などで検査によって病気が判明するケースが出てきています。
一方で、もし早期に発見できなかったら命を落としていた可能性もあります。
まさに検査が、命を左右するとも言えます。
多くの難病は、生まれたばかりですと、見た目で判断しづらく、きちんと血液を調べる必要があります。
検査の地域格差が広がる
今お伝えした愛知県のように、自治体の中には、例え国が対象にしていない病気でも、独自の判断で検査に加える動きが広がっています。
SMAとSCIDは、少なくとも39の都道府県や政令指定都市で実施されています。
これはつまり、検査が受けられる地域と、そうでない地域で格差が生じていることを意味します。
また検査を行う地域であっても、多くは希望者だけを対象にし、費用も有料となっています。
(例えば東京都では、7疾患を対象に追加検査を行い、検査費用は約8500円。約4人に1人が受けている。今年4月以降の半年間でSMAの症例などが発見されている)
今後、この2つの病気を国が対象に加えれば、全国どこでも検査が受けられるようになり、検査費用は無料になります。
命に関わる検査なだけに、地域の格差を一刻も早く解消し、すべての人が無料で受けられるようにすることが、望まれています。
国が対象に含めていない理由は
ところで、一部の地域ではすでに検査が始まっているのに、どうして国は、まだ対象にふくめていないのでしょうか。
その理由について国は、検査を行う体制、あるいは病気が見つかった時の治療体制を、全国各地に整備していけるのか、さらには公費で検査を行うほどの費用対効果があるのか、それに検査の精度といったデータが、まだ十分に得られていない点などを挙げています。
今回の検証では、希望する自治体の中からモデル地域を定めまして、国が予算を出し、SMAとSCIDの無料検査を行っていきます。
国はそこで、検査体制などを整備するノウハウや、様々な検査データを得て、全国に拡大できるのか検証を進めていく考えです。
公費を使いますので、きちんとした検証は必要なのですが、一方で、あかちゃんは日々生まれていてスピードも求められます。
国はいつまで、という具体的な時期を示していませんが、一刻も早く全国展開を実現すべきだと思います。
ほかの病気も対象拡大の検討を
また、SMAとSCID以外にも、自治体が独自に検査を行っている病気はあります。
例えば「ライソゾーム病」という難病です。
これは、体の中で不要な物質を分解する酵素がうまく働かない病気で、心臓の肥大などの臓器障害、それに手足の激しい痛みなど、様々な症状を引き起こします。
さらに「ALD=副腎白質ジストロフィー」という難病は、ホルモンを作る副腎と呼ばれる内臓などに障害が起き、知能の低下や行動の異常が起きる場合もあります。
いずれも、早期の治療で進行の予防や症状の軽減が期待できるとして、一部の自治体で検査が始まっています。
これ以外にも検査を広げてほしいという声のある病気は、いくつかあります。
その点についても、国は対象の拡大を検討してもらいたいと思います。
患者・家族へのサポート体制
ただ一方で、検査を拡大すれば、それで終わりという話でもありません。
その後の治療、そして家族のサポートも、全国で体制を整えていくことが必要です。
特に、自分の子どもが難病と分かった家族は、大きなショックを受けたり、様々な葛藤を抱いたりする場合もあり、病気の丁寧な説明やサポートが非常に重要になります。
医療の現場には、医師とは別に、こうした患者や家族の支援を専門とする「認定遺伝カウンセラー」と呼ばれるスペシャリストがいます。
医師とともに、患者や家族と、遺伝性の疾患にどう向きあえば良いかを話し合い、治療に前向きに取り組んでもらうためのサポートを行います。
ただ、遺伝カウンセラーは去年の時点で全国でも350人あまりと、人数が足りていないという声があります。
こうした患者や家族への支援体制の拡大も、国や医療現場には求められます。
そして、遺伝性の病気は、社会の理解も広げていかなければなりません。
遺伝学が専門で、大阪公立大学の瀬戸俊之教授は、「例えば背の高さの違いや、顔や性格の違いも遺伝子が関わっている。遺伝性の病気も、遺伝子の変化が原因という意味では、それと同じであり、遺伝子が引き起こす個性の1つと捉えるべきだ」と話しています。
つまり、私たちも遺伝性の病気を決して特別視せずに、こうした考えの基で理解していくことが重要だと感じます。
何万人に1人という珍しい病気ではありますが、検査で救える命があります。
難病の治療法は年々、進化していますので、それにあわせて国や医療現場は、検査の拡大、そして治療やサポート体制を、一層広げていくべきです。